他人との比較から解放される生き方

私たちは自分の持っているものを他人と比較して、自分自身やお互いの価値を測ってしまうことがあります。いえ、むしろ誰もがそうなのではないでしょうか。

この世では、多くのものを持っている人が「勝ち組」とされる風潮があります。男性であれば学歴や収入、肩書が重視され、女性であればそれに加えて配偶者の収入や肩書、子供の学歴なども評価の対象になるようです。

だから、私たちは自分が持っているものを自慢する、いわゆる「幸せマウンティング」をしてしまいます。逆に、少しでも周囲の人よりも持っているものが少なかったり劣っていたりすると、劣等感を抱いたり嫉妬したりしてしまいます。

物質的なものだけではありません。「どちらが賢いか」「どちらが正しいか」という争いも絶えません。

私も信仰を持つ前はそうでした。(今もしてしまうことがあります。)幸いにもそれなりにこの世のものを得ていましたが、それでも持っていないものはたくさんあり、他人を羨むことがありました。

他人と比較することで、あるときは高ぶり、あるときは落ち込み、嫉妬に苦しむ。それが地獄だとは気付かずにいました。自分で自分を苦しめていたんですね。

しかし私はRAPTブログを読み、「幸せマウンティング」が根本的に間違っていることを知りました。自分の評価も他人の評価も、本当の幸せには繋がらない。それがどれほど真実か、今ならわかります。

この世のものをどれだけ沢山持っていても、心が満たされるわけではありません。私自身、今は以前よりも持っているものは少なくなりましたが、心は楽になりました。以前よりも今の方が幸せだと、はっきり言えます。

「どうすれば神様に喜ばれるのか」

それだけを考えればよいので、シンプルな人生を歩むことができています。

もちろん、神様に喜ばれる行いをするには様々な能力が必要です。でもそういうものはお祈りすれば与えていただけるので、「自分にはあれがない、これがない」と落ち込むことがなくなりました。仮に落ち込んだとしても、すぐに立ち直れます。

他人と比較せず、神様の目だけを意識する。そうすると、心は本当に楽になります。

もしあなたも他人との比較に疲れているなら、RAPTブログをお読みになり、この生き方を知ってほしいと思います。

今回の有料記事も、朝の祈り会で伝えた御言葉の元となった啓示の文章をいくつか掲載しています。

この世には、自分を高く評価したり、他人から高く評価されたりして悦に入り、他人を見下して生きている人たちが大勢います。

逆に、自分を低く評価したり、他人から低く評価されたりして自信を失い、自己卑下をして生きている人たちも大勢います。

しかし、いくら自分や他人が自分のことを高く評価したとしても、自分の運命が好転するわけではありませんし、いくら自分や他人が自分のことを低く評価したとしても、自分の運命が悪化するわけでもありません。

自分の評価や他人の評価では、自分の運命は何も変わりません。

気分が良くなったり悪くなったりすることはあっても、運命には何の変わりもありません。

自分の運命が良くなるのも悪くなるのも、全ては神様がその人のことをどう評価するかにかかっています。

神様がその人のことを高く評価すれば、その人の運命は必ず好転しますし、神様がその人のことを低く評価すれば、その人の運命は必ず悪化します。

皆さんがこのことを深く悟って、常に神様から高く評価されるために努力する者となり、主から真の義人と認められて、祝福の道を歩んでいくことを心から願います。

VOL.491 自分の評価も他人の評価も全く何の意味もない。ただ主が評価した通りに、あなたの運命が決まるからだ。