「症状がないなら病人ではない」という、忘れ去られた真実 ―― 診断が奪う心の平和について

仕事を再開するに当たり、私自身の知識のアップデートのためにも、noteに画像診断に関する記事を書くことにしました。

「症状がないなら病人ではない」という、忘れ去られた真実

noteは、専門的な知識を伝える場にして、踏み込んだ内容は、このブログでお伝えしたいと思います。

CTやMRIの発達により、非常に小さな病変を、症状もないうちから見つけることができるようになりました。

これらの検査は確かに有用なのですが、ときに病変を見つけすぎてしまいます。

過剰医療という言葉がある通り、偶然見つかった病変に対して積極的に介入して、かえって人の健康を害するということが起きています。

それに反省して様々な取り組みがなされていますが、それも「大きな不幸」を「ちょっとマシな不幸」に置き換えているだけで、不幸な人を生み出している構造は改善されていないことに気づきました。

「癌かもしれない」「糖尿病」「高血圧」などと診断されると、その瞬間から人は「自分は健康である」という認識が変わり、不安や心配に囚われるようになります。

今の医学が定義する「病気」は、巨大な利権や虚構の上に成り立っています。

がん検診や人間ドックなど、なくなってしまえばいいというのが私の本音です。

小さな病変を治療して、医者も患者も「早く見つかってよかった」と思っているかもしれません。

しかし、それが寿命に影響しない、治療する必要のないものだったらどうでしょう。

一番いいのは、最初から治療しないことです。

見つけなければ平和に暮らせていたはずのものを、わざわざ掘り起こして人生に不安を招き入れる必要はありません。

健康になろうとして、かえって心の不健康を招いています。

聖書にはこのように記されています。

あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。

マタイによる福音書 6.27

思い悩んだところで、自力では寿命を延ばすことはできないのですから、「思い悩み」の素となる検査は受けない方が良いのです。

また、聖書にはこのように記されています。

わが子よ、わたしの教えを忘れるな。わたしの戒めを心に納めよ。

そうすれば、命の年月、生涯の日々は増し、平和が与えられるであろう。

箴言 3.1-2

神様の教えを受け入れて実践すれば、心に平和が訪れ、天寿を全うできるでしょう。

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