がん検診の光と影 ー過剰診断・治療のリスクと死亡の実態
ヨーロッパで行われた大規模な前立腺がんスクリーニング研究(ERSPC)の23年間追跡調査の結果が発表されました。
この研究では、前立腺特異抗原(PSA)検査でのスクリーニングのメリットとデメリットが調べられています。
European Study of Prostate Cancer Screening — 23-Year Follow-up
メリットとしては、PSA検診により前立腺がんによる死亡率が13%減少すること、検診を受けた1万人あたり22人の前立腺がん死を予防することが挙げられています。
デメリットとしては、1人の死亡を防ぐために12人の男性を診断・治療する必要があること(過剰診断・過剰治療)、治療による副作用(勃起不全、尿失禁など)のリスク、臨床的に問題にならないがんを見つけてしまう可能性、不必要な生検や心理的負担が挙げられています。
この研究の結論では、「今後のスクリーニング戦略では、臨床的ベネフィットを維持しながら過剰診断を最小限に抑えるため、リスクに基づくアプローチを採用する必要があります。」と述べられています。
しかし、この研究の重要なポイントは、全死亡率には変化がなかったことだと思います。
研究では、スクリーニング群と非スクリーニング群のいずれも約50%の男性が死亡しており、全体の死亡率(全死因死亡率)に差は認められませんでした。つまり、PSA検診は前立腺がんによる死亡は減らすものの、寿命全体には影響しなかったということです。
厚生労働省の「がん検診における過剰診断」の資料によると、PSA検診に関しては、対策型検診としては推奨されておらず、任意型検診については「個人の判断に基づく受診は妨げない」とされています。
また、PSA検診のメリット・デメリットとして以下のように記載されています。
期待される利益:
- 受診者1000人中1人、検診に前立腺がん死亡を回避できる
予想される害:
- 受診者1000人中、30-40人、治療により勃起障害や排尿障害が生じる
- 2人、治療により心臓発作など重篤な心血管イベントが生じる
- 1人、治療により肺や下肢に重篤な血栓が生じる
- 受診者3000人中1人、外科治療の合併により死亡する
これらのことから、検診による不利益は非常に大きい上に、検診を受けても長生きが約束されるわけではないということが分かります。
また、前立腺がんやその他のがんで死亡したとされる人の中に、薬物治療による副作用で死亡した人が含まれている可能性を否定できないので、実際の検診のメリットはかなり小さくなる可能性があります。
がんによる死亡と治療による死亡の区別は、実は非常に難しい
なぜ区別が困難なのか
薬物治療の副作用による死亡なのか、がんの進行による死亡なのかを明確に区別することは、実際には非常に困難です。多くの場合、医師は臨床経過から推定して判断しています。
症状が重なってしまう
薬物治療の副作用として見られる以下の症状は、がんそのものの進行による症状と大きく重なります:
- 倦怠感
- 食欲低下
- 体重減少
- 貧血
- 感染症リスクの増加
これらを臨床的に区別することは容易ではありません。
終末期の症状は「がんだけ」が原因ではない
従来、終末期に見られる倦怠感、食欲低下、体重減少、貧血、感染症などの症状は「がんそのものの進行に伴う症状」とされてきました。
しかし実際には、以下のような複数の要因が複雑に絡み合って生じていると考えられています:
- 慢性的な炎症や免疫反応
- 心理的・社会的ストレス
- 入院生活や食事制限
- 疼痛管理の副作用
- 治療そのものの影響
特に終末期には、心肺機能の低下、代謝異常、栄養不良、感染症リスクの上昇などが重なります。直接的な死因というよりも、複合的な全身衰弱 が本質的な背景となるのです。
つまり、単純に「がんで死亡した」とは言えない
このような理由から、がんによる死亡と治療関連の死亡を厳密に区別することは非常に難しいのです。
死亡証明書でさえ統一基準がない
死亡証明書における死因の記載についても、「前立腺がん」なのか「治療関連死(感染症など)」なのかの判断は医師の裁量に委ねられています。統一的な基準で線引きできるものではありません。
なお、臨床現場では、遺族が保険金を適切に受け取れるよう、死因を「がん」と記載することがあるという話を臨床医から聞いたことがあります。私自身も研修医のころに、そのように記載するよう指導を受けた記憶があります。
そのように考えると、がん検診のメリットは一体どこにあるのでしょうか。
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