カフカ「変身」が描いた、現代人の本当の姿
カフカの「変身」という本を読みました。
ある日突然、虫になってしまった主人公。家族から疎まれ、差し出された食事すら食べなくなり、最後は弱って死んでしまいます。
家族は彼の死によって呪いが解けたと感じ、希望を持って歩み出す、という結末でした。
しかし主人公は、家族を深く愛していました。変身するまでは必死に家族を養い、家族の幸せのために生きていました。
実際には、家族は愛してくれる人を失うと同時に、自分たちで生活費を稼がなければならなくなりました。しかし彼らは、その境遇を「希望」だと思い込んでいます。
これを読み、人類が神様の愛、キリストの愛を悟れずに迫害し、自ら愛を拒絶してしまった歴史が頭に浮かびました。
私は聖書とRAPTブログに出会い、気づいたことがあります。人類は自分たちを愛し幸せにしてくれる存在を疎ましく思い、排除して好き勝手に生きることで救いを失っている。そして本当は不幸なのに、そのことに気づかず、あるいは気づいても諦めて生きている、ということです。
人類は富や名誉、異性など、この世のものを手に入れようとして、奪い合い、競い合い、いがみ合って生きています。「神様と隣人を愛する」という教えを知らずに、あるいは無視して、私利私欲にまみれて生きています。愛することをせずに傷つけ合い、自ら地獄を作り出しています。
神様は、このような地獄を天国に変えるために、RAPT氏を遣わしてくださいました。
RAPT氏は、神様を一筋の心で愛してこそ、人は真に幸福になれると仰っており、さらに、神様に頼る人には必要なものが豊かに与えられるので、自力で何かを手に入れようとする必要はないとも教えてくださっています。
愛してくれる方に守られ、豊かに与えられ、平安の中で生きるのか、自力で手に入れようともがき、得られずに落胆の中で生きるのか。そこには、天と地ほどの差があります。
一人でも多くの人の目が開かれ、神様のもとに立ち返り、祝福を受けて幸せに生きられるようになることを、心からお祈りします。
RAPT有料記事216(2017年10月16日)神様に頼らない者は一しか与えられず、神様に頼る者は無限に与えられる。